パラオ共和国 基本情報
パラオについて知っておくと楽しくなる旅行情報。パラオスポート号、ダイブクルーズ、洋上ホテル、PADIライセンス、ジェリーフィッシュレイク、ミルキーウェイ等のマリンレジャー情報が満載
地理
パラオ共和国は、南洋に浮かぶ、常夏の島。南国の楽園です。東経約130°30'〜131°、北緯2°42'〜約8°にあります。大まかにいうと、ちょうど日本とオーストラリアの中間ぐらい。日本の神戸からまっすぐに南下して赤道の少し上、といったところ。日本の真下で時間帯は日本と同じ。時差が無いので、旅行に来るには楽なところです。主要な島は北緯約7〜8°にあり、最北端のカヤンゲル島から南のペリリュー島まで、ほぼ一連のバリアリーフに囲まれています。
ペリリューの南には、離れ小島アンガウル島が位置し、そのさらにはるか南西には南西諸島が点在しています。
コロールはほとんどの首都機能が位置し、国民の約7〜8割がここに起居しているといわれています。コロールは橋で繋がれた3つの島、コロール島、マラカル島、アラカベサン島から 成り立っています。
マラカル島はコロール島の西に位置する島です。マラカルにはコロール市内のような大きな町並みはありませんが、パラオの公共の港、マラカル港があり、パラオの海の玄関口といえます。港の他にも、スピードボート用の桟橋やダイビングショップ、ツアー会社などが軒を連ねています。
コロールと「KBブリッジ」と呼ばれる橋で結ばれているのが、パラオでもっとも大きい島バベルダオブです。
この島はミクロネシア全体でみても、グアムについで二番目に大きな島です。パラオ国際空港はこの島にありますので、観光客がはじめに降り立つのはこの島と いうことになります。
ペリリュー島はコロールからスピードボートで約1時間ほどのところにある、閑静な島です。ここは第2次世界大戦時の大激戦地としても有名な所で、島のところどころに、戦車や大砲など多くの戦跡が残り、また、日米双方の慰霊碑などもあります。今でも慰霊に訪れる人がたくさんいます。
アンガウルはペリリューよりさらに南、バリアリーフから離れた孤島です。この島には以前ヨーロッパより持ちこまれたカニクイザルが定着した、「アンガウルモンキー」と呼ばれるサルが住んでいて、ペットとして人気があります。
カヤンゲルはコロールから北にはるか80km以上も離れたパラオ北端の島々です。美しい環礁と、真っ白なビーチのあるとても素晴らしいところですが、コロールからはスピードボートで2時間以上もかかります。
アンガウルからはるかに南西、もうインドネシアが近いぐらいの海域に、パラオ領に含まれる小さな島々があります。北から、ファナ、ソンソロール、メリル、プルアナ、トビー、そしてヘレン島を南西諸島と呼びます。ここはトビ州の連絡船の他には訪れる手段のない、まさに絶海の孤島で、ダイビングに行くにはクルーズ以外てだてがありません。
自然
パラオの気候
パラオは海洋性熱帯気候、一年中とても暖かい所で、年間雨量は約4000ミリに達し ます。1年間の気候は大きく分けると、北東貿易風の吹く乾季(11〜5月くらい)と南西風の吹く雨季(6〜10月くらい)に分けられますが、ここ数年は世界的な異常気象のせいかあまり区別がつけにくい気象状況が続いています。
ロックアイランド
パラオで最も特徴的な風景は、「ロックアイランド」と総称される島々にあります。これは、水面からぽっかりと顔を出した、マッシュルーム状(ブロッコリー状?)の島々で、セスナで空から眺めると「海の宝石箱」と称されるパラオの美しさが良くわかります。またロックアイランドの内海は、風や波もなく、本当に穏やかで、シーカヤックなどで訪れるのに最適です。
歴史
有史以前
有史以前、初期のパラオについては、ほとんどわかっていません。パラオの島に人が住み始めたのは、紀元100年ごろですが、その後紀元1500年代にヨーロッパ人の接触があるまでの間、歴史的な記録はほとんど見られていません。文化や言語的に共通点が見られるのは、フィリピンやインドネシアなどといわれています。
ヨーロッパによる「発見」
1500年代初期、初めてパラオを訪れ、西側から見てパラオを「発見」したのは、スペイン人でした。はじめ彼らはこの島々を、「ロス・パラオス」と名づけ、その後、「カロリナ」と名前を変えました。これが、「パラオ」、「カロリン諸島」の由来です。
本格的に西欧との交流が始まったのは、1783年キャプテンウィルソン率いるイギリスの商船「アンテロープ号」が、マカオからの帰国中に難破し、パラオのウーロン島に漂着してからの事です。アンテロープ号の乗組員達は、パラオ人達の協力を得て小さな船を作り、何とかイギリスに帰る事ができました。これを契機に、パラオとイギリスは交流が盛んになりました。当時のコロールの酋長は自分の息子をイギリスに送ったりもしています。
ヨーロッパによる支配
スペイン・ドイツ時代1885年、イギリス、スペイン、ドイツ間で争われていたパラオの領有問題に、法王が決着をつけ、一方的にパラオはスペインの領有地と決まりました。 スペインは続いていたパラオの内戦を収める事に成功し、宣教師による布教を始め ました。14年後、アメリカとの戦争によって国力の低下したスペインは、依然領有を希望するドイツに、パラオの領有権をお金によって売却しました。ドイツはパラオへ医療や教育の普及を図り、また、アンガウル島でのリン鉱石の採掘を始めました。西側外洋へ出るバリアリーフの水路、ジャーマンチャネルが掘られたのは、この頃の事です。
日本統治時代〜 第2次世界大戦
第1次世界大戦後、戦勝国日本は当時の国際連盟により、グアムをのぞく南洋群島を委任統治領としました。パラオはその中でも南洋群島行政の重要な位置にあり、コロールには「南洋庁」、「南洋神社」などが作られました。また、植民地として非常に期待され、たくさんの日本人が移民してきました。1930年代後半には、5000人ほどの島民に対し、その4〜5倍ほどの日本人がいたとされています。日本統治時代のパラオ人には日本と同じ皇民教育がなされ、日本語教育を受けました。
太平洋戦争で、大激戦地となりました。激しい戦いがあったのはペリリューとアンガウルで、数日で落ちると思われていたペリリューで米軍は大苦戦し、結局落とすまで3ヶ月を要しました。第2次大戦終戦までに、コロールにあった日本時代の建物は、そのほとんどが壊されてしまいました。現在パラオの最高裁判所になっている建物は例外的に残っている日本時代の建物で、「南洋庁」だった建築物です。
アメリカ信託統治〜独立へ
第2次世界大戦の日本の敗戦により、パラオをはじめとするミクロネシアの島々は、国際連合によりアメリカの信託統治を受ける事となりました。それまで日本の文化を強制されていたパラオ人は今度はアメリカ文化に触れ、急速にアメリカナイズされていきました。
パラオは1979年自治政府を作り、1981年には独自の憲法を制定しました。自治の始まりです。この憲法の中には、国内への核の持ちこみを絶対に禁止する、世界初の「非核憲法」が盛り込まれていました。
パラオはアメリカとの関係を巡り、護憲・非核派、親米・独立派に割れ、国民投票が繰り返されました。何度もの国民投票が繰り返された結果、最終的には独立派が多数となりました。非核憲法は凍結され、アメリカとの自由連合協定が結ばれたのです。 こうした経緯を経て、遂に1994年10月1日パラオは新しい一つの共和国となったのです。
文化
パラオの人口
現在のパラオ人の人口は、おおよそ2万2千人ぐらいです。パラオ在住外国人は約5000人ぐらいです。そのうち多くを占めるのはフィリピン人で約3000人。あとはアメリカ人や日本人、中国人、韓国人、バングラディッシュ人などです。在パラオ日本人の人口は、大体150〜200人ぐらいでしょうか。
食文化
パラオには古来からの複雑な食文化はなく、「これぞパラオ料理!」として、観光客が食べるようなものは特に見当たりません。パラオ人の元もとの主食はタロイモで栽培する畑があちこちに見られます。タロイモの根茎はゆでて輪切りにして食べます。タロにはいくつかの種類があり、サトイモを硬くしたような食感だったり、クリに似た食感だったりします。味は余りありません。
タロイモと並ぶ古くからの主食はタピオカです。タピオカの根茎をゆでたものや、それをつぶして「ちまき」に蒸したもの等が、ストアなどで売られています。このタピオカはドイツ時代に導入された物だそうです。
副菜ととして挙げられるのは、主に魚やシャコガイ、ウミガメなどの海産物です。ナマコなども食べられています。他には、マングローブガニやヤシガニ、ヤマガニ、ゴシキエビ、山鳥や海鳥、フルーツコウモリ等があります。植物性のものは他に、ココナツやバナナ、パパイヤなどの果物があります。ただ、以前は野菜類はあまり食べられていなかった様です。
パラオの言葉
パラオの公用語は英語です。現地語としてパラオ語があります。さらに南西諸島にはパラオ語とは少し違う、ソンソロール語(トビ島の人は「トビ語」といいますが、実はほとんど同じ言葉)を話します。
アメリカ統治後の世代は英語教育を受け公の場では英語、パラオ人同士や家庭等ではパラオ語を話します。また日本統治時代の老人達はパラオ語と老人間の会話には今でも日本語を使います。
パラオ語になった日本の言葉はたくさんあります。日本統治時代にパラオに持ち込まれた日本の文化、概念などは、そのまま外来語としてパラオ語の中に定着し、今でもごく普通に、パラオ語の単語として使われています。一例を挙げると・・・
デンキ デンワ シコーキ(飛行機) シコージョー(飛行場) センプーキ マド テンジョウ ベンジョ ゴミステバ アブラ(燃料) ドーグバコ(道具箱) セイフ センキョ コーホシャ ダイトウリョウ ハンケツ(判決) キンロウホーシ ショウライ シンパイ モンダイ ハラウ(払う) ツカレテ(疲れた) アバレテ(暴れる) ダイクサン ナッパ タマネギ
旅情報
- 日本との時差はなし。グアムは1時間早いので、トランジットした場合は注意。
- 公用語は英語。
- 通貨はアメリカドル。レストラン、ショッピングセンターなどではクレジットカードの利用ができる。トラベラーズチェックもアメリカドルのみOK。
- 両替は銀行はまたは大手ホテルにて行っている。レートが悪いので極力日本で換金するか、カードを利用する方がよい。
- 島内の電圧は110Vと言われているが定かではない。100V専用の製品は故障する場合があり、『100V〜240V』などマルチボルテージの製品を使用するのがベター。
- 島の生水は飲まない方がよい。ホテルの水道水も同様。飲料は煮沸するか、ミネラルウォーターを購入する。
- パラオ入国には滞在予定日数+180日が必要。パスポートの有効期限の確認を。
- 旅先ではどんなに注意していても盗難、事故、病気など何が起こるか分かりません。海外旅行保険に加入しましょう。
- 更に詳しいパラオ情報は、パラオ政府観光局へ。
パラオ政府観光局ページへ

